自筆楽譜 4 83番

(その8) なお、No.83に関しては、パりセット6曲の中のひとつを占めている。中野著「ハイドン交響曲」によると、ハイドンの交響曲の最初の出版はパリであり、1780年代中葉までに、ハイドンの交響曲を、もっとも数多く出版したのもパリであった。また、ハイドンのいくつかの研究によると、フランスの公開演奏会で上演された最も古い記録はパリではなくリヨンで1772年の記録もある。
 さらに1773年に初めて、コンセール・スピリチュエルの演奏会、1779年にはコンセール・ザマトゥールの演奏会で、ハイドン交響曲が上演されている。1785年~1786年に作曲された一連のパリセットは、パリのコセール・ド・ロージュ・オランピックの依頼に応じたものである。
 この事実を実証しえる史料として、1788年に出版されたアンボー版の「ロージュ・オランピックのレパートリー」と言う表記がある。また、このオーケストラの理事であったドニィ伯爵が自筆楽譜を所有していた。ハイドンの研究学者の一人、ラールセンがパリの国立図書館でこの自筆楽譜が発見された。所有者がドニィ伯爵とされた経緯がある。
  ロージュ・オランピックの理事たちは、ハイドンに十分な作曲量を支払ったのち、パリの2つの出版社に作曲料のおよそ倍額で版権を売り、その全額をハイドンに送ったと伝えられている。

(その9)
 その後、もう少し調べてみたら、パリ国立図書館のホームページに、 No.83自筆楽譜が閲覧できる。(以下のアドレス)
http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b7400082q/f65.image
これを見ると、インクの色の関しては、まれに黒色と「ハイドン交響曲」では記載がしてあった。しかしながら、ざっと見た限り、殆ど、その色の差は見受けられない。ネットで「すかし」の詳細までは分からないが、最後の方の第61ページ finaleの複縦線「終わりに神の栄光を」の部分まで見ることができる。この書き方に関しても、No.86と同様に、全くといって良いほど、訂正箇所は、ごく僅かである。
(その10)検索の条件あるいは、タイミングがよかったのか、同じページに他の類似の交響曲No.87とNo.82も見ることができた。これらも、同じ所有者のためか、表装は同じ。また、ざっと見たところ、No.83、86と同様に、殆ど、訂正箇所がなく、流れる様に記載されている。

tag : 自筆楽譜 83

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
フリーエリア
    follow me on Twitter
    アクセスカウンタ-
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    リンク
    プロフィール

    tenkichi995

    Author:tenkichi995
    FC2ブログへようこそ!ハイドン 探求。交響曲の初期から最後までで、聴き比べを中心に掲載。