101番 リヒター

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2017年6月21日 K.リヒター ベルリンフィル No.101を聴取。モダン楽器で厚みのある弦が特徴。No.100と比較して管楽器のsoloがやや少なく、Tuittiの部分は比較的多い。ただし弦のユニゾンの箇所は、余りない方だと思う。第1楽章は単一主題に近く、8分音符の旋律が、めまぐるしくいたるところで登場、変形されていく。展開部の真ん中当たりのT182当たりから。182から185までは、管楽器等からなるTuitti。その後、T185からは弦のみのユニゾンが続く。通常の演奏なら、T185で、弦以外が加わった部分とT185以降の弦のユニゾンとの差が多少はある。しかし、もともと弦の奏者が多いこともあり、T185から弦のユニゾンが音量も落とさないで緊張感を持ちながら続いているのが特徴のひとつ。
 もし録音があれば、No.97の第1楽章当たりを聴いてみたい。この楽章はユニゾンの箇所が多く、強弱の対比が大きくのが特徴のひとつ。リヒターの演奏がもしあれば、さらに特徴が出ていたと思う。

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なお、下記のブログに同じ音源でLP盤について、録音の方法について記載がされている。カットの方法から内周ひずみについて記載。
http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-500.html

 この音源ではないが、ハイドンの交響曲で、かつてLPを持っていたとき、同じような経験をした。N.マリナーのNo.103.かなり長い曲で、LP1枚に収めには、当時、おそらく30分は超過していたと思う。終局直前の9小節前のT378からの部分。ここの第1vn.が高い音域とも相まって、かなり歪があった記憶がよみがえる。

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94番 リヒター

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2017年6月16日 K.リヒター ベルリンフィル No.94を聴取。下記のブログに弦楽器を主体とした楷書的な演奏などが記載されている。

http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-871.htmlno94t2t104.jpg
楷書的といえば、先駆的なドラティ盤があるが、モダン楽器でも奏者は普通。一方、リヒター盤は、モダン楽器でも奏者が、かなり多いようだ。管楽器はsoloの箇所も比較的控えめ、その弦のパートの奏者が多いことを生かした特徴。たとえば第2楽章のT104からの部分。T104では管楽器とvn.で冒頭主題がpで変奏されている。
その直後、T107で ff指定のTuittiで登場する箇所。ここでは、主題は弦以外のパートになっている。逆に弦のパートは第1vn.は装飾音。第2vn.以下は、2拍目にアクセントがある。このアクセントが効果的で、1拍目より少し遅れることで、少し、引きずられるような印象を持つ。第2vn.以下の弦のパートが、かなり、音量が大きいことも相まって印象的。

テーマ : クラシック
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7番 ゴルツ

2017年6月14日 ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツの指揮によるフライブルク・バロック・オーケストラのNo.7を聴取。録音場所は同じ。このため、No.6と同じような録音。第2楽章のRecitativo の終わりの部分。次に続くG調で2本のfl.を伴う、やわらかい雰囲気と対比されるために、一般に最後の終わりの部分はfで終わることが多い。ゴルツの演奏は、ここでは、fでなく、やわらかい p で終わっている。次のAgadioと同じ音量で調性が変わるが、違和感がない。
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Adagioの最後の方で、vn.とvc.のカデンツアの部分でトーンキュンストラー管では、vc.の音域がvn.よりも高くなる部分。ここではvc.の方が音量を上げていて、vn.は控えめにしていた。(それに対して、ファイ盤では、対等だったのが印象的) ゴルツ盤では、vc.が音量を上げて、vn.は控えめになっている。また、カデンツアが終わる直前に即興で旋律を加えている。
このAdagioではfl.奏者は2名になる。No.6と異なり、1名が追加となる。初演当時、Recitativo が終了し2名のob.奏者の内、1名がfl.に持ち替えたかもしれない。No.6と同様に、視覚効果が高い曲として、実際に見てみたい印象。


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ゴルツ 6番

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2017年6月13日 ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツの指揮によるフライブルク・バロック・オーケストラのNo.6を聴取。harmonia mundiからの分売盤を入手。No.6. 7とモーツアルト No.31がカップリングされている。ライナーノートが付属していないので、指揮者はオケの詳細は不明であるが、以下のブログに略歴等が記載されている。

http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-760.html

 楽器は古楽器。編成は小さい方で2001年の録音。録音が鮮明で近接音がやや大きく、各パートの分離感がはっきり分かる。第2vn.は現代オケと同じ左側に位置。管楽器でfl.とfg.の位置が通常とは反対。すなわちfl.は右側でfg.は左側。冒頭の第1楽章の第1主題でfl.の独奏があるが、右側から聴こえてくるため、右側のvn.パートと対比されてステレオ感が広がる。一方fg.は左側に位置するため、第3楽章 trioの部分では独奏のbass離れて広がって聞こえる。また、vn.とvc.のsoloがいたるところで登場するが、soloの位置が近めに聴こえる。
 テンポは概して中庸で、繰り返しを全て採用。佐藤裕指揮のムジークフェラインザールの現代オケとホールの録音と対照的。前者はモダン楽器で編成もかなり大きく残響が多い。一方こちらの方は編成が少なく、各パートが鮮明で音の分離感が高い。vn.のsoloパートは、あたかも、すぐ前で聞いている雰囲気。第4楽章で展開部の冒頭、A-durで冒頭主題がvn.soloで登場し、その後、T62から、あたかもvn.協奏曲のように、長い部分で展開される。この箇所でもsoloの重音が鮮明に聞こえる。
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ファイの演奏の様な独特の解釈が、一度聴いただけでは分かり難い。各パートが近めに聴こえることが相まって、あたかも、実際に小ホールの近い位置で聞いている雰囲気。各楽器のsolo箇所が多いので、もともと視覚効果が高い曲と思うが、この録音を聞いてみると、古楽器で実際に聞いてみたい印象が高くなる。



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102番 ラトル

2017年6月9日 ラトル  City of Birmingham Symphony Orchestra  No.102を聴取。下記のブログにもレビューがある。

http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-117.html

ニックネームがない交響曲だが、どの楽章をとっても、聴き所が散りばめられている曲。同じ奏者でも、何度か聞いていく中で、意外な発見があるのがハイドンの特徴だが、この曲はそのひとつの典型。ハイドンに「はまる」前は、12曲のロンドンセットを全て聴いたことはなく、せいぜいニックネームの曲を数人の指揮者で聴いた程度。しかし、102番だけは、なぜかドラティの演奏(当時は、カセットテープの発売で、持ち運びのできるウオークマンで聴いていた)何度も聴いていた。(裏面あるいは、表面は、ロンドンセットの中の1曲だと思うが、こちらの方は、何度も聴いていない)教科書的かもしれないか、cmb.が入る演奏に当時は違和感があったが、「かっちり」と隙間のない曲に目覚めた曲。

(以下は自分のブログからの一部引用した部分もあり)
http://mistee01.blog118.fc2.com/blog-entry-322.html
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 さて、今回、ラトルの関連では2枚のものをまとめて購入。作曲順番だと、これが6曲目にあたり最後になる。ラトルは、ニックネームの曲は余り録音をしていないようだが最後に、この曲を持ってきたのは、締めくくりのためかもしれない。(ただし、このCDでは3曲収録されている中で2曲目に当たる。) 少し前のNo.86は秀演だったので、2曲目でも問題ないと思うが。
音量の対比に微妙な強弱のニュアンスを付けるのはラトルの特徴のひとつ。ファイにも共通する部分はある。ファイの場合は、どちらかといえば、自然な流れを重視せず、スコアの背後にあるものを、一瞬、一瞬ごとにスポットを当てている。その分、流れるような雰囲気には余りならない。
一方、ラトルの場合は流れるような雰囲気を重視。たとえば、第1楽章のT78からの第2主題が登場する直前の箇所。T70あたりのf指定を重視して、一般にT80までf で通して演奏することが多い。しかし、ラトルの場合は、T78から次第に少し音量を落とす。T81から短調のfで登場する第2主題との対比を出している。再現部でも同様の解釈。
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視覚効果が高い曲としてNo.100について、何度も記載をした。この曲にも当てはまる。すなわち、第2楽章で、timp.とtrp.は弱音器の指定になっている。特にtrp.の弱音器の使用はハイドンの交響曲では余り用いられない。第1楽章で要所に弱音器がないtrp.がここで切り替わる。初演を聴いた当時の聴衆は、第1楽章が終わった直後、弱音器を装着する仕草をみて、いつになったら使用するのか、気になったに違いない。冒頭から第1vn.による主題.が登場し、その後T2からvc.のsoloによる分散和音の旋律が続く。ここまでは打楽器群が使用されていないので、聴衆はじっと観察をしているであろう。
その後、T16から提示部と繰り返しが同じような旋律が聞こえる。打楽器群以外は確かに、同じ旋律。しかし打楽器群がここから加わる。この加わる一瞬を見て、聴衆は驚いたに違いない。当時は演奏会でしか音源はなかったので、この一瞬の雰囲気は印象が高かったと思う。T16の最初に加わる部分は、ラトルでは余りtrp.が目立たない。しかし、T26の部分では、他のパートと一緒ではあるが、音量は落としているものの、はっきりとtrp.が際立っている。
少し前のNo.86のCapriccioと同様に繰り返し記号はない。ロンドソナタ形式のようではあるが、繰り返し記号はなく、楽器編成に打楽器群が加わる。弱音器の使用を含めた打楽器群とvc.のsoloがあるのはNo.86と異なる。いたるところに強弱の変化と旋律の微妙な変化があり18世紀後半に作曲された曲とは思えない。19世紀の中盤のロマン派の作曲された楽章にも匹敵する幻想的な雰囲気が漂う。ただし、冒頭の旋律は短い単位で構成されていて、長い旋律を歌わせるような曲でない。何回か聴き通すとハイドンらしい特徴が分かってくると思う。(一般の19世紀のロマン派の作曲スタイルは、長い小節数の旋律を歌わせることを前面に押し出している)

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